スピリチュアル・ロハス小説『天上のシンフォニー』公式サイト

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 コバルトブルーの海が辺り一面に広がっていた。ビーチには、色とりどりのパラソルが立ち並び、地中海の太陽にこんがりと焼かれた肌が、そこらじゅうに寝そべっている。海岸通りでは、ポルシェやフェラーリがゆっくりと旋回している。道端のストリートカフェでは、金髪の真っ赤に日焼けした北欧系の人たちが、ビール片手に議論を白熱させている。その横では、北ヨーロッパの隣人に比べると、カラフルでスタイリッシュな服装をしたイタリア人の男たちが、隣のテーブルにいる女性たちに愛の言葉を囁いている。エスプレッソの香りが、海から運ばれてくる潮風の香りと見事に調和し、何ともいえない不思議な感覚を突きつけてくる。
 カトリーヌ・デュボアはエスプレッソをテーブルに置き、客に向かってニッコリ微笑んだ。食べ終わった食器を持ってキッチンに戻ると、一緒に働いているベロニックが言った。「五番テーブルのお客さん、注文待ってるわよ」
「でも、まだ三番テーブルに持っていってないから」カトリーヌは言った。
「三番テーブルなんてほっておけばいいのよ。チップが全然違うんだから」
 そんな。チップがいいからニースへ来たのは事実だけれど、差別するわけにはいかない。彼女は先に三番テーブルに食事を持っていった。
「そんなことじゃ、イスラエルには当分行けないわね」ベロニックが呆れた顔で言った。ベロニックはイスラエルに住んでいて、夏の間だけニースに来ていた。カトリーヌがイスラエルに行こうとしていることを知ってから、彼女には愛想がいい。
 外の世界の空気は、いろいろな意味で慣れるのに時間がかかる。修道服をずっと着付けていたため、この新しい服はまだ何となくぎこちない。それに男たちの視線。どこに行ってもみだらな視線が集まり、どう対処したらいいのかわからなかった。見られるだけならまだいい。中には話しかけてくる者もいる。仕事中でもそれは絶えなかった。
「ご注文は何にしますか?」彼女はパリからバカンスに来ている客に訊いた。
「そうだね。ブイヤベースにしようかな。ところで君、仕事は何時に終わるの?」
「はい? ええ、七時ですけど」カトリーヌはもじもじしながら答えた。五年間の修道院生活では男とは一切話さなかった。
「もしよかったら、一緒に食事でもどう?」男はさらに訊いてくる。
「でも、私、夜はお祈りがありますから」彼女はそう言ってテーブルから去った。
「何、話してたの?」キッチンに戻ると、ベロニックが訊いてきた。
 彼女は起こったことを伝えた。
「すごいわ。彼、なかなかいかす男じゃない」
「でも断ったの」
「なんで。馬鹿ね。もったいない」ベロニックはトレイに食事を載せながら言った。
「彼の動機が不純だったから」
 ベロニックは頭を左右に振りながらため息をつき、トレイを持ってキッチンを出ていった。戻ってくるとまた急にニコっとして、「ねえ、じゃあさ、今晩パーティーがあるんだけど、行かない?」と話しかけてきた。
「でも、お祈りがあるから」
「そんなのいつだってできるでしょ? 今日のパーティーは特別なのよ。いい男がたくさん来るんだから」
「男の人には興味ないわ」
「あら、あなたってレズビアンだったの?」
「違うわよ。そういう意味じゃなくて、特に今男の人に出会いたいと思ってないだけ」カトリーヌはむきになった。
「わかってるわよ。ただからかっただけ」そう言って、ベロニックは彼女の肩に軽く触れた。「でも今日のパーティーはお金持ちがたくさん来るのよ。あんた、お金ためたいんでしょ? ただ普通にウエイトレスなんかしてたって、全然たまらないわ。世の中っていうのは不思議なもので、ある所にはお金はありあまっているものなの。人によってはあなたの航空券買うのなんて、朝食を取るのと同じような感覚なのよ」
 カトリーヌは、ベロニックの徹底して割り切った考え方が理解できなかったが、結局、強引な説得を断わりきれず、パーティーに行くことになった。
 パーティーは海が見わたせるテラスで開かれた。テーブルには銀の食器が並び、カマンベール、ブルー、ブリ、ロックフォールなどが、パテやキャビアと共に、綺麗に盛り付けられている。オリーブの黒とレタスの緑、トマトの赤、ロブスターのオレンジが、食卓の色彩を鮮やかにした。ワインは、ボルドー産はメドックのシャトー・マルゴー、ブルゴーニュ産はラ・ターシュ、そしてプロヴァンス産はシャトーヌフ・デュ・パープだ。
 出席者たちはデザイナーズブランドで着飾った紳士、淑女たちばかりで、とてもではないけれど、カトリーヌは近づけなかった。
「男は外側には興味ないわ」ベロニックが言った。「服の中にあるものに興味があるのよ」彼女は、胸元が谷間を見せるように大きく開いたドレス姿で、さっそく、胸を張ってみんなの中に入っていった。太ももまでスリットが入っていて、歩くたびに、脚がチラチラとのぞく。
 カトリーヌは一人テラスの端まで来た。紺碧の海に静かに沈んでいく夕日は、水面を徐々にオレンジ色に染めていく。
「素晴らしい眺めだね」一人の男がやってきた。
「そうね」カトリーヌは興味なさそうにすまして言った。
「今はバカンスかい?」
「いいえ、ここで働いているの。ウエイトレスをして」
 と彼女が言うと、男は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐニッコリして言った。「そうか。僕は今バカンスで来ているんだ。夏の間はずっとコート・ダジュールの別荘で過ごす。昨日は一日中セーリングをしてね。気持ちよかったよ。やっぱり南フランスはパリとは違う」
「教会には行かなかったの?」昨日は日曜日だった。
「教会? そんなものクソ食らえだ。十五の時から一度も行ってないね」
「ごめんなさい。私、ちょっと知り合いを見かけたんで」彼女はその場を離れた。
 会話はどれもみんな似たりよったりだった。いかに自分がお金を持っているかの自慢話だったり、セックスに関するジョークや、イギリス人の悪口ばかり。聞いていてだんだん気分が悪くなってくる。彼女はしばらく一人で物思いにふけっていた。周りからは笑い声が聞こえてくる。踊っている人もいれば激しいキスを交わしている男女もいる。テーブルの周りでは、次々にワインをグラスに注いでは飲んでいる。もう誰も神を信じてはいない。物質ばかりに走り、神の教えを受け入れる者はいない。末日だわ。いよいよ終わりの日が来るのね。
 部屋に戻って聖書を読み返した。
〈その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存じである。人の子が来るのは、ノアの時と同じだからである。洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。そして、洪水が襲って来て一人残らずさらうまで、何も気がつかなかった。人の子が来る場合も、このようである〉
 彼女は跪いてお祈りした。〈多くの人たちが神の教えから遠ざかってしまったことを、どうかお許しください……〉

WEB版完売の噂の小説ついに解禁。

story2011年、ロンドンで、中山悟は旧友クレアと5年ぶりに再会した。「あなたは特別な人よ」と告げた彼女は、しかし3日後に遺体で発見され、悟も何者かに追われ始める。地球の運命が託された壮大な計画が動きだした。イギリス、インド、フランス、日本、イスラエル、アメリカ、エジプト、ケニア、香港、ペルー、アマゾン、さらには宇宙空間、アトランティス大陸、そして未来の地球へと想像を絶する旅を続けながら、悟は、国籍も人種も違う6人の仲間と出会い、地球の隠された真実を思い出していく。

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